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祖母からのプレゼント

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祖母の一周忌の法事で里帰りしてました。
祖母の妹さんがいて、祖母と顔も声もそっくりで、なんだか天国から帰ってきてくれたようで嬉しかった。

写真は高校生の頃の私と亡き祖父、祖母です。私目つきわるー。なまいきそー。赤い口紅をつけさせられて不機嫌だった気がします(笑)

祖母の孫は私含めて5人いるんですが、そのうち3人が女で。
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左から従姉妹27歳、私30歳、姉33歳の頃の写真。まー見事に全員振り袖でねぇ。年齢はともかくとして華やかでいいんじゃないかしら。ねえ。
うちは着物屋で、着物だけは文字通り売るほどあるんですけど、今日、ふと、母に
「普段着として着られる着物ほしー」と言ってみたところ、
母が、
「そういえばおばあちゃんが、あんたたちに作ってあげなさいって、買ってくれてた反物があるわ。」と、ごそごそと出してくれました。

出てきたのはなんと大島紬。奄美大島の伝統工芸品。
薄くて軽くて、普段使いにはおあつらえ向きなんだそうです。

最近奄美には縁があるので、なんだか不思議な巡り合わせでした。

3個のうち2個は黒地で、一個だけ白地。その白地の着物を、おばあちゃんは私にと、選んでくれてたそうです。

亡くなって一年してから出てきた、祖母からのプレゼント。
ちょうど法事の日に出てくるなんて、きっとおばあちゃんはちゃんとみんなが集まってるの見てたんだろうな。


出来上がるのがとても楽しみです。


大事にしよう。
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by churaphoto | 2011-02-28 01:20

さまになる

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独立間際で、ばたばたしてると言うより、アワアワしてます。

もうなんか、たぶん段取りよくいろいろ準備してたら、今まで独立の準備に使った二日分くらい返してもらえるんじゃないかってくらい、無駄な動きで時間を使ってます。

そんななか、今週末は祖母の法事で成田に帰ります。
祖母の命日は2月1日なんす。
なのにうちの家族は365日アワアワしてるので、段取りが悪く最初は20日になり、
挙げ句今度はお寺の都合で命日から一ヶ月経っての法事です。

一ヶ月もおばあちゃん待たされてねえ・・・。やあねえ。

写真は、去年の夏の新盆のとき。成田山で精進料理を食べました。
なんだか広い部屋に通されて。ふすまも立派な日本画が描かれてました。

光がとてもきれいだったのでうろちょろ撮影。

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この方、何者なのか私はよくわかってませんが、父親が「部長!部長!」と騒いでおりました。(たけしの「ダンカン!」のノリで。)

ふすまの絵のこととか色々説明してくれるんですが、話し方も上手で、父親のめんどくさいからみもうまくかわし、袴姿もとてもなじんでて、なんだか噺家さんのようでした。

背景ともすんなりなじんで、着物も身体にとてもなじんでて、着慣れてるのがわかります。

「さまになる」ってこういうことを言うんだなあと。


それに比べ、今の私のどたばた加減と言ったら。

「ぶざま」ってこういうことをいうんだなあと。


この前カメラマンの友達が、私の手をふと見て、急に失笑し、何かと思ったら、
「その手であのカメラはでかかろう。」と。

そうなんですよ。私、体力も根性も人一倍あるつもりなんですが、おそらく
「さまになってない」んでしょうね。

だいたい編集さんに「何か持ちますよ」とか心配されたり、
初対面の編集さんだとアシスタントと間違われたり。

あと何年。

あと何年写真を撮り続ければ、その姿がさまになるんでしょうか。


ゆっくりゆっくり。撮り続けていこうと思います。
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by churaphoto | 2011-02-25 23:47

何度でも

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19歳の頃、海外で働きたくてカナダに語学留学をした。
カナダで仲良くなった友達が一眼レフを持ってて、貸してもらったりしてるうちに写真に興味が出た。

日本に帰って来て、写真とは関係ない職に就いたけど、やっぱり写真がやりたくて、2年間働いて貯めたお金で夜間の写真学校に行った。

その頃は、商業カメラマンではなく、例えばアラーキーのような、写真家になりたかった。

最初は近くにいる人ばかり撮ってたけど、2年目で選択したゼミの講師に、「遠くに出なさい」と言われて、
旅の面白さを知った。

卒業して、写真作家の道は難しいからと断念、商業カメラマンになるためにレンタルスタジオで勉強した。

人工的に作り出す光が物の表情を変えることがすごく新鮮で面白くて、物撮りのカメラマンになりたいって思った。

それで、物撮りと料理写真が主な仕事の、今の師匠に弟子入りをした。

自然光の入らないスタジオでストロボ撮影の勉強を4年もして、
カメラマンになって2年弱。
色んな取材や経験をして、結局行き着いたのは「旅写真が撮りたい」だった。


たくさんたくさん、遠回りして来たと思う。

それでも、気づけたからいい。
遠回りした分、色んな事を学べた。

いくつになろうと、気づいたなら、そこで変わればいい。




「僕の前に道は無い
 僕の後ろに道は出来る」ー高村光太郎 道程 より




目指すは旅カメラマン。
新規開拓、営業、営業!!
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by churaphoto | 2011-02-23 22:06

仕事と言うもの

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写真学校を卒業する頃、「好きに写真が撮れればいいや」と思い、就職活動をしなかった。

そして生活費のためだけに、日本料理屋で接客のバイトをした。
以前、写真を始める前に別の日本料理屋で働いてたので、経験があると言うことだけで。

真面目に働いてたつもりだった。

でもそこの女将がめちゃくちゃ厳しい人で、私は毎日怒られて、時には言い合いもして、悔し涙がこぼれたこともあった。

そんなある日、また女将に怒られながら言われたコトバ。

「あんたに払ってる給料は、降って湧いてくる訳じゃなくて、ここに来るお客さんが汗水たらして働いて稼いだお金から出てんのよ!!
お客さんが、必死で稼いだお金を快く出せる接客を考えなさい!!
バイトだろうとお金もらってる以上本気で働きなさい!!」


・・・ガツンと来た。



真面目に働いてた。でも「本気」かと言われればそうでは無かった。
じゃあ本気で働こうと思うと、拒否をする自分がいる。
「私が本気を出して働きたいことは、これじゃない。」と。


その時、写真で食べて行こうと決めた。

数日後、女将に言った。
「本気でやりたい仕事はこれじゃないことに気づいたので、辞めさせてください。」


女将は私をしばらく見たあと、にっこり笑ってこう言った。

「そう言ってくると思った。頑張って。本気でやりなさい。」




あの人に会えてなかったら、私は今頃何をしてたんだろう。

ワンマンで、お客様至上主義の女将のことを悪く言う人も多かった。
でも私にとっては、人生を変えてくれた恩人だ。

いつかお礼を言いに行こうと思う。

会ったらまた、怒られるだろうか。
それとも「変われたね」と、笑いかけてくれるだろうか。
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by churaphoto | 2011-02-21 20:44

親知らず

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旅写真シリーズ。
これは新潟の、親不知(おやしらず)という所に行った時の写真です。

「親知らず子知らず」って、合唱曲知ってます?すんごい怖い歌。
断崖絶壁を、母と子でわたらなくちゃ行けなくて、すごい怖くて、でも風も強いわ波も高いわで、お互いの声が聞こえない。
「子を呼ぶ母の 子を呼ぶ母の 叫びが聞こえぬか〜。
 母を呼ぶ子の 母を呼ぶ子の すすり泣きが聞こえぬか〜。」って歌(笑)怖すぎ。
その舞台の場所です(笑)

いや、ホントに人気が無くて、寂しいところでした。

でも海を歩いてたらこの姉弟が来て。(後からお父さんも来ました)
カメラを向けると上の写真のようなかわいい格好をしてくれました。
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カメラに興味を持ったので、おねえちゃんに一眼レフを、弟クンにはコンパクトカメラを貸してみて、お姉ちゃんが撮った写真。
私をフレームに入れる気がないのがよくわかります(笑)眼中に無いってこういうことを言うんですね。

自由に撮らせてて、特に弟クンの方はフィルム一本分ぐらい撮りまくってたんですけど、
後で現像してみたら、36枚撮りフィルムのうち、20枚くらいが、この子のちょうど目線上にある、
お父さんの股間部分でした。おねえさんびっくりだー。

当時モノクロフィルムは自分で現像してたんですけど、コンパクトカメラの方にはカラーフィルムを入れてたので、お店に現像だしたんです、私。お店に現像出したんですよ。ね?
それが・・・・。半分も・・・。超寄りで・・・。デニムのファスナーにピント来てて・・・。

恥ずかしかったです。


そして、お父さんに、この近くにどこかご飯を食べられる場所は無いかと聞くと、
この辺には全くないから、水産センターみたいなとこつれてってあげると言ってくれて、
車に乗せてもらったんですが、
車の中で、弟クンの方が私になついてくれて、「お姉ちゃん、お姉ちゃん」ってしきりに言ってたら、
本当のお姉ちゃんがヤキモチを妬いちゃって、
「お姉ちゃんって、私もお姉ちゃんなんだけど!!」って言い出したんですよ。
そしたら弟クンが困っちゃって、結果、私の呼び名は


「おばちゃん」になりました。


人生初「おばちゃん」。この時まだ24歳。そりゃ既にサザエさんより年上ですがね?
でも一番慌てふためいてたのはお父さんでした(笑)


かわいかったな。元気にしてるかな。もう高校生くらいになってるのかな。
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by churaphoto | 2011-02-14 21:24

しんしんしん

全国的に雪ですねぇ。
雪を見ると、はっぴいえんどの「しんしんしん」という曲を思い出します。

   
     「黙りこくった雪が落ちる  雪が落ちる」



映像がありませんが。

この曲の、「車が走る」って部分が、「クールマンが走る」って聴こえてました(笑)そしてあまり不思議に思ってなかった。よかった声に出して歌ってなくて。

「風をあつめて」とかが入ってる「風街ろまん」ってアルバムより、
わたしはこのアルバムのが好き。

独り言でした。


  
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by churaphoto | 2011-02-12 00:49

タイムトラベラー

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写真学校時代に撮っていた、モノクロ旅写真。
ネガをスキャンするのが面倒で、ずっとほったらかしにしてましたが、やっとやりましたよ。
なのでこれからちょこちょこと載せて行くと思います。
写真始めたばっかりの頃の写真なんて、良いのは無いかもなんて思ってましたが、
今見るとすごいのが結構ありました。(「うまい」ではなく。「すごい」って感じ)
今の私にはこんな風に撮れないんじゃないだろうか。

写真は和歌山、紀伊勝浦にて。まだ海に出してない船がありました。船の下の方、まだビニールがかかっています。

そして、船の右側、私の大好物の漁師がいます(いつかはなりたい漁師の嫁)が、ここにこの人がいるのといないのとでは、全く違う写真になりますよね。

私が撮り続けて行きたいテーマの一つ。

「風景としての人」

2秒後には見られないかもしれない、人の存在感がつくりだす風景。
もちろん写真なんてすべてその瞬間の出会いですが、人の存在ほど、風景の色を変えるものはないように思います。



しかし、我ながら時代背景がわからない写真だ・・・。
約10年前に撮った写真ですが、昭和に撮ったって言っても納得。

これからちょこちょこと、写真でタイムトラベルしていきたいと思います。
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by churaphoto | 2011-02-08 21:05

奈良さん

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独立資金が必要なため、お金がとてもないんですが。
だからといって殺伐とした生活は送りたくない。
なにかしらインプットしながら暮らして行きたいなと思ってたら、
このブログでも何度か登場してる奈良大介さんが、三軒茶屋のカフェohanaで投げ銭ライブをやるとの情報が。
投げ銭なら行けるなーと思ってふらっと行ってきました。
近くに住んでるmatyuを唐突に呼び出してみたりして。大阪から帰って来たばかりなのにすぐに来てくれた。

カメラも持たずに行ったんですが、お店の雰囲気がとても良くて、持ってこなかったことをすぐに後悔。
でもmatyuがcanon 5D MARK2 という素晴らしいカメラを持って来てくれたので、借りて撮りまくりました。
不思議な物で、matyuと同じカメラで同じレンズで、同じ距離で同じ被写体を撮ってるのに、全然違う物になりますね。
私はどうしても、人の顔が赤くなるのが苦手で、色味を落としてしまう。
でもこれじゃせっかくのあたたかいお店の雰囲気が伝わらない・・・。
でもそれが私の持ち味なんだと思うことにします(笑)


ジンベマスター(一般的に「ジャンベ」と呼ばれているアフリカの太鼓。奈良さんのHPを見ると「ジンベ」と書いてあるのでそれに習います。決して玄人ぶってるつもりはありません笑)の奈良さんですが、今回はお店の都合でギターと奄美三味線のみ。
でもまったりできてとても良かったです。
奈良さんも「なんだか家で歌ってるみたいな気分」って照れくさそうに笑ってました。

ライブの途中で、奈良さんが、
「最近、全部のライブを投げ銭にしてて。
 というのも、なんだかチャージ料を取るってことがしっくりこなくなっちゃって。
 投げ銭なら、お金無くても気楽に来れるし、その日のお客さんの評価が、形になってわかるから」って。

実際私も、今日投げ銭じゃ無かったら来れなかった。

チャージ料がしっくりこないってのは、私が「基本給をもらってることに納得がいかない」って理由で独立するのと同じことかな?ってちょっと思ったんですが、よく考えると全然違いますね。
奈良さんと同じようにするなら、私の場合、
「今回のギャラ、出来た写真の評価で決めてもらっていいです」って言うような物で。
そんなこと絶対言えません。30円とか言われたら泣いてしまう。

改めて奈良さんのストイックさに感心。すごい人なのに。子供3人もいるのに。

アフリカの音楽や、奄美民謡、ボブ・マーリィのカバーの他に、オリジナルの曲も沢山歌ってくれました。

オリジナルは環境問題や格差社会などについての曲が多く、考えさせられます。
もちろん、個々の考え方の差はあるから、奈良さんのことはとてもとても尊敬しておりますが、
「奈良さんの言ってることは全部正しい!」とはなりません(笑)それじゃただの宗教だもんね。
歌詞の中には「ん?」って思うこともたまにあるけど、でものほほんと生きている私の毎日の中で、
そういうことを考えるきっかけを与えてくれる奈良さんに感謝。

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ライブ後の素の奈良さん激写。後ろにいるのはohanaのご主人さん。自然体で素敵な方でした。(こんなボケボケ写真で紹介もなんですが)

そしてライブ後に奈良さんと話してたら、奈良さんが、
「いつか写真展をやるんだったら、オープニングでライブやるよ。」と言ってくれたーー!!!ぬおーーー!!!
こんな私の写真に・・・。涙でます。
いつか奈良さんにライブやってもらえるのに見合うような写真を撮って、展示をしよう。
いや、今年中に絶対やる!!決めた!!
いい目標ができました。

そしてmatyuがその動画も撮れる素晴らしいカメラで、ライブを撮ってくれました。
「てぃんさぐぬ花」フルハイビジョン。
やっぱカメラはキャノンかなー。5Dほしー。

まったりしてて、とてもあたたかいひとときでした。
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by churaphoto | 2011-02-07 18:08

深海の夢

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もうだいぶ前の話になってしまいますが、自由が丘にある、深海の夢という和食料理屋さんで、作品撮りをさせて頂きました。
鹿児島出身のご主人、徳丸三九男(みくお)さんが使う食材は、ほとんどが地元、鹿児島から取り寄せた物。
それもほとんどが家族や友人から送られてきた物です。

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三九さんの地元、知覧町名物、知覧茶を送ってくれる友達の名前や、お姉さんが送ってくれたという生姜を愛しそうに見せてくれました。


深海の夢のメインメニューはラーメン。三九さんの基本は和食なのになぜラーメン?と聞くと、
このお店を出す前に働いてたところのオーナーに、
万人が作る、従来通りの料理だとうけないぞと言われたそうで、
それから色々研究し、和の基本、常識ははずさず、くずすとこはくずすことを学んだと。
その結果、例えばパスタを作っても、お客さんが和食と認めてくれるものを作れる様になったそうです。

「和食はこうあるべき」ではなくて、四方八方から見てみる。そうすると気づくことがたくさんある。とおっしゃってました。
写真も同じ。どの世界も同じなんだなあとなんだか嬉しかった。

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かごんまらーめん。
真ん中のカツオも、久保義三郎さんという高校時代の友人が送ってくれるそうで、
そのカツオでだしを取った醤油を、当たり前の様に「ギサブ醤油がね、・・」と話してくれました。
ギサブロウさんが造った醤油だからギサブ醤油。
なにも知らない私が、「それはその地域ではそう呼ばれてるんですか?」と聞くと、
「ううん、このお店だけ」とひょうひょうと・・・。

写真の通り、普段はずっとニコニコしてて、取材のお願いをしたときも、
「職人っぽく頑固な感じとかできないんですけど・・・いつも通りはしゃいでもいいですか?」とお茶目な方でした。
何を言ってもだいたい息が抜けた感じで「オ〜ケ〜ィ」と返ってくる。その一言になんだか心が安らぎます。
この方を写真に撮りたいな、と思ったきっかけは実を言うとその一言を聞いたときでした(笑)

でもやっぱり料理の話になると、表情も口調も変わって、頑固な職人と言った感じ。かっこいいです。
でもお客さんの意見は素直に聞いて取り入れるところも素敵。

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「鰹の腹ん皮」ライティング大失敗の巻。
本来捨ててしまうところとかも調理すれば食べられると・・・・。
とにかく人とのつながり、そして食材を大事にする三九さんの作る料理、
おいしくない訳が無い!
もちろん絶品です!!
皆さんぜひ!!


三九さん、その節はどうもありがとうございました。

取材もしながらでてんやわんやで、反省点しか残っておりません。
是非リベンジを!!
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by churaphoto | 2011-02-03 21:41