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まだ一年、もう一年

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ご無沙汰してます。

3月10日、11日と、宮城県石巻市に行ってきました。

ブログが止まってしまってる理由は、私の中が止まってしまってるから。

いや、おもいっきり日常生活送ってるんですけど、
日常を過ごしてる自分になんだか違和感を少し感じていて、
そしてそんな内容のブログをアップする事に後ろめたさを感じていました。

完全な独りよがりなんですけど。

そんな気持ちで行った1年経った被災地。

街なかはずいぶんとにぎやかさを取り戻していて、
去年の11月にも同じ場所に行ったんですが、車を運転してくれていた友達が、
「風景が11月と変わりすぎてて道がわからない・・・」と言ったほど。

でも、海岸沿いはまだまだ瓦礫、倒木が残ってて、異臭も少しまだありました。

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一番上の、木が倒れてる写真は七ヶ浜という所ですが、3月から解禁になったとサーファーがサーフィンしていました。

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どうしても元住んでいた場所に戻りたいと、自分でトタンで家を造って住んでる人もいるそうです。
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そして、移動しただけの瓦礫、車の山。


2月に、千葉県の九十九里浜で、津波で枯れてしまった防風林に植林をしてきたんですが、
休憩中に海を散歩してると、波打ち際に顔と手足がミイラ化して、
でも胴体は水を含んでパンパンになっているタヌキが打ち上げられてました。

きっと1年海を漂流してたんでしょう。人間もこれからまだ打ち上げられるだろうな、と思うと、
まだ1年、まだまだこれからだ、という気持ちになります。


でも、その一方で、「もう一年だから」と言っている方もいました。
それは、仮設住宅に住む被災者の方達。

11月にも伺ったその仮設住宅に伺うと、自分たちのところにテレビが来たのよ、と、
録画した物を見せてくれました。
それはドキュメンタリーのように作っていましたが、そこの仮設住宅の方が、
「これね、やらせ。こう言えっていわれるのよ」なんて飄々と仰ってました。

その作られたお涙ちょうだいの映像と、
今現実に目の前で笑っている被災された方達を一緒に見てると、
時が止まってしまってるのは自分たちかもしれない、と思いました。

仮設住宅に住んでる方達は、当たり前ですが、そこで「生活」をしてる。
私たちと同じように「日常」があっていいはずなんです。

なのに私たちが、彼らに「被災者」であることを強要してるように感じました。
彼らだっていつまでも「被災者」ではいたくないはず。

環境にもよるでしょうが、少なくとも私が見てきた仮設住宅では、物資は充分に足りているとの事。(11月に行った時は「何が無いのかすらわからない」と仰ってましたが)


去年の4月に行った気仙沼の方も、昨年いっぱいで支援を終わらせたそうです。

福島や北関東の原発問題は別として、
今後、津波の被災地で必要な支援は、失った物を思い返すようなイベント事でも、
被災者をいたわるような事でもなく、
普通の生活を取り戻させるようなこと。(当たり前?)

そのために何が出来るんでしょうか。
3月いっぱいで撤退するボランティア団体が多いとの事ですが、同じ理由からだと思います。

でもただいなくなるんじゃなくて、なにか出来ないかな。直接被災者の方と関わらなくていいから。

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今回一緒に行った子のお父さん。「家はまだ傾いてる」と笑っていました。
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左の方はご自分も被災されて、家も無くしお母様と叔母さまが目の前で流されてしまったのにも関わらず、現地でボランティアされてる藤田さん。右の方も現地の方。真ん中は今回の計画をしてくれた友達です。
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仮設に一人でお住まいのおばあちゃん。11月に伺った事を覚えててくれました。
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再建したばかりの酒屋さんでお土産購入。外まで見送ってくれました。


私も気持ちを切り替えないと。

でもまだ続きます。
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by churaphoto | 2012-03-18 04:04