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ただ春の夜の夢のごとし

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 祗園精舎の鐘の声
 諸行無常の響きあり
 娑羅双樹の花の色
 盛者必衰の理をあらはす


平家物語の冒頭文が好きです。
桜を見てると、この文が頭に浮かぶ。

森山直太朗の「さくら」では、
いつか生まれ変わることを信じて舞落ちると歌ってるけど、桜にそんな貪欲さは感じられない。
(まあこの詩は、その次にくる「友との再会」を比喩しての言葉だと思いますが)

世の中は常に変化して行く。
何かに執着するのはくだらないことだと、桜に言われてる気がします。
いつもいつも、何かを守るために争いごとが起きる事に、違和感を覚えてなりません。
Love&Peaceを手に入れる為に、戦わなきゃならないんだろうか。

じゃあどうすればいいんだと言われるとわかんないんだけど、もっともっと、根底の問題のような気がします。

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今はもうこの桜色の道も、ただのアスファルトに戻ってる頃でしょう。
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by churaphoto | 2011-04-20 15:00

救援物資のお願い

以前、自宅避難してる方の所に物資を送ったと書きましたが、(この記事を参照してください)その方からお電話を頂きました。

感謝の言葉も頂きましたが、当たり前ですがまだまだ足りないようで、
私が物資と一緒に、「今後も継続して支援できたら」という手紙を添えたんですが、
「出来ることなら、無理のない程度でまたお願いしたい。」とおっしゃってました。

その方は近所に物資を提供してて、親を亡くした子どもたちにも色々渡しに行ってるんですが、
よその家に預けられてる子どもは、気を使ってその家のタオルも気軽に使えないとのことで、
少しだけ入れたタオル類も、大変助かった、とおっしゃってました。

最近ようやく、子どもたちが笑って待っていてくれるようになった、と言っていました。

お店も少しずつ開きだしたようですが、まず家が流されてお金がない方、それから、親が亡くなってしまった子どもは口座が凍結してしまうのでおろせない、とのことです。

今後とも、支援を続けていきたいと思っていますが、いかんせん私も、あまりお金に余裕がありません。

私が自分の意志で個人的にやってること、他の方を巻き込むのは気が引けますが、
もし、協力してもいいという方がいらっしゃったら、メール、もしくはメッセージを頂けないでしょうか。

物資は私の所に送っていただければそれが一番ありがたいですが、取りに伺うことも可能です。
もしくは、ご自分の周りでいくらか集まるようでしたら、その被災地の方に許可を頂くので、
その方のご住所をお伝えして、直接送っていただいてもいいと思います。

ある程度私の所に集まるようなら、私が直接気仙沼に届けようと思います。


今必要としてるものは、
レトルト食品や缶詰など、調理しなくても食べられるもの
ゴム手袋・軍手・タワシ(瓦礫撤去作業用)
Tシャツ類(新品じゃなくても、ある程度きれいならいいそうです)(←これも瓦礫撤去作業用に、使い捨てられるもの。ほかの衣類は、サイズが合わないと保管場所に困るとのことで、今は必要ないそうです。)

傘やレインコート
タオル
マスク


などです。
それから、物資はその方のお宅に直接届く訳ではなく、どこかまで取りに行き、それから一軒ずつ回っているようで、ガソリン代が必要だとおっしゃってました。

「500円あれば3軒回れるんです。」と。

これはあくまでも、市や避難場所に渡すお金ではなく、個人に直接渡すお金なので抵抗のある方もいると思います。それでも理解してくれる方、もしいらっしゃったら、ご連絡お待ちしています。

mail→hasegawakatsura@me.com


まで。どうかよろしくお願いします。(携帯知ってる方は携帯でいいです)


                         長谷川 桂
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by churaphoto | 2011-04-12 15:28

タフで姐御なアイツ

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すずちん。

5、6日と二日間にわたっての撮影をしてたんですが、撮影中に編集さんがコーヒーを持ってきてくれて、
「コーヒーどうぞ。長谷川さんは、砂糖はいれないよね?」と聞かれました。
「あ、はい、結構です。」と答えたんですが、その後、その編集さんに
「長谷川さんは、『砂糖なんて女、子供が使うものだ』とか言いそうなイメージ。すごい姐御肌だよね」
と言われました。

姉御肌の人が実際に「女、子供の」と言うかは微妙ですが、相手が持ってる自分のイメージに驚きました。

撮影中は自分の中ではものすごいアワアワしてるし、いつもいつもふがいないことばっかりで、
その人はおそらく私より10歳は年上のベテランの方なので、頼りないと思われてるんだろうなと思ってたんです。むしろ「使えない」くらいに思われてるのかと

でも自分がまだ未熟なのは仕方ないし、(仕方ないって言っていいものなのかわからないけど)
ベテランの方々の胸を借りて恥をかきながら進んで行くしかない、と思ってました。

あ。ここまで書いてきて気づいた。こういう発想がそもそも、その人が言わんとしてる、「姐御肌」ってこと?

そんな風に思わず、「どうしよう、どうしよう」ってなる人もいるってことか。なるほど

自分の中での自分のイメージって、人に乗っかって生きていく、どっちかというと末っ子丸出しだと思ってるんですが。年上の方相手の場合は特に。

人が持つ自分のイメージって、わかんないもんですね。
というより、自分のことがわかってないってことなのかな。

他人と脳みそ交換したら、見える景色や、知人の顔も全然違うものに見えるんだろうな。


そして、二日間の撮影が全部終了した後、その編集さんがさらにしみじみとひと言、
「長谷川さんって、タフですね・・・・」

それもいろんな人によく言われるけど、私にはよくわかりません(笑)
誰かと脳みそ交換してみたい。

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バース。
友達に「たまにはバースの可愛い写真のせておやり」としかられました。
これは合格?合格?

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by churaphoto | 2011-04-07 22:55

気は心

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先日オーハタから、オーハタのおばあちゃんの手作り干し柿をいただきました。
前にオーハタのお父さんが作った野菜とお米を頂いた時もそうだったけど、なんだかとてもあたたかくて、無条件に涙が出ます。

可愛くて、愛しかったので公園にて撮影。
昔の人の知恵と手間って本当にすごい。
甘すぎず、柔らかくて、本当においしい。
私もこういうものを作れるおばあちゃんになりたい。(今度味噌を作ろうかな、と思ってます。手前味噌。)

オーハタの妹さんはただいま陣痛まっただ中。こんな暖かい家族に迎えられる赤ちゃんは幸せ者だね。


ところで、震災後、今までより写真を撮るようになりました。
この景色は「当たり前」じゃないんだなあって今までより更に強く思ったという理由もありますが、
おこがましいけれども、万に一つの可能性で、私の写真が誰かの心をほんの少しでも救うかもしれないと。救心。

写真てえげつない部分もたくさんあって、特に今みたいな、「不謹慎」なんて言葉がよく聞かれるような状況においてはさらに、だと思います。
テレビを見てても、被災者たちの横で無神経にカシャンカシャンとシャッター音が聞こえると、写真をやってる人間でも腹が立つときがある。

でも、こんな時だからこそ、今まで自分が信じて続けてきたものの力を信じたい。

ミスチルの桜井さんが、これだけの被害を前にして、曲を作るという行為が不純に思えて、出すことを迷ったと言ってて、実際私もこんな時に必要なのは直接人を救う知識のある人間で、私なんか何もできないなあと思いましたが、

きっと、行動は「思い」を伴うことで意味を持つ。力を持つ。

「祈るだけじゃ何も変わらない」という人もいるけれど、人が真剣に祈ってる姿に、少なくとも私は心が揺さぶられます。

サッカーにはあまり興味がありませんが、チャリティー試合のカズのゴールには涙がこぼれ落ちました。
キングと私じゃ、器に差がありすぎて、比較しようもないけど、それでも、たった一人でも、たとえ被災地の方じゃなくても、私の写真でほっと安心してくれたなら、と、思います。

おばあちゃん手作りの干し柿みたいに、あったかい写真を撮りたいな。
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by churaphoto | 2011-04-04 22:11

裸の王様

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東京タワー。
地震で先っちょが曲がってしまったそうで。(わかります?)
3.11を忘れないように、危険性がないのなら、そのまま残るといいな。

さっきコンビニ行ったら、もう水がいっぱい売ってました。
買い占めは本当に一瞬で終わるんですね。
それとも供給量が増えたのか。よくわかりませんが。
いろんな意味で理解できません。

たとえば、の話ですけど、ACのCM一つとっても、最初は不謹慎だとかうるさいだとか、
いいがかりにすぎないような苦情が殺到してたのに、誰か一人がおはようウサギが癒されるとか言い出すと、一気に肯定派が増える。

「裸の王様」って絵本の国民みたいだなあ、と思います。(もともとあの話は社会風刺だから当然と言えば当然なんだけど。)

原発問題にしてみても、なんだか「自分の意見」を言ってる人はほんの一握りで、その他の人は、その中からしっくりくる意見を選んで、そこで固まって右や左にワーワーと動いてるように見えてなりません。


自分の言葉で話してる人ってどれくらいいるんだろう。


確かに原発は大きな問題だし、それについて、日本の未来について、考えることはいいことだと思いますけど。

でもなんだか、原発、原発で、被災地の方々が置いてかれてる気がしてなりません。

ただでさえ大事なものを失って喪失感でいっぱいで、世の中のことすべてが他人事にみえるであろうこの時期に、彼らを受け止めるべき私たちが他人事の顔してていいのかな、と思います。

「今こそ日本はかわるべきなんだ!」とか、声高らかに言ってる人もいるけど、
今、この国にそんな余力ねーし。沈静化にいっぱいいっぱいだし。

もちろん私も、原発については勉強してます。思うところはたくさんあります。
でも声をあげるのは、時期尚早なんじゃないのかな、と、思うんですよ。
農作物に被害を受けてる農家の方々とかは別ですよ。そうではなく、原発そのものの行方に対して。


状況がおちついて、被災者の方たちもちゃんと住める場所が出来て、政治に参加できる状況になって、
政府が今後について考えられる状況になった時に、初めて意見を言い合う場が出来ても遅くないんじゃないのかな。だめなの?

あと、自分たちが選んだ政府が期待はずれだったからって、文句だけ言ってるのは、ずいぶんと自分勝手な話じゃないかと。
親に理不尽な文句いってる子供のような印象をうけます。

もうちょっとこう、「男は黙って○○・・・」みたいな、高倉健的な人はいないんだろうか。いても黙ってるから気づかないのか。

高見の見物で政府や東電を批判することが、本当に「今出来ること(やるべきこと)」なんだろうか。
それで何かが変わるんだろうか。

被災者のことを思って泣け、とか、そんなことを言ってるんじゃないですよ。
感傷的になっても意味がないし。
政府を支持しろと言っている訳でもないです。

ただ、「黙ってること」も「今被災地のためにできること」なのでは、と思うんです。
中でも、テレビやその他の情報源から入ってくる言葉をただ並べ替えて、さも「自分の意見」のように
話してる人は特に。

今まで、電気を使いすぎてたと気づくのと同じように、情報過多になってると思う人はいないんだろうか。
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by churaphoto | 2011-04-02 23:35

いまこそ


福島の南相馬市に友達が住んでいる。
地震当日はもちろん連絡がつかず、壊滅状態の映像を見て、最悪な場面が頭に浮かんで吐きそうだった。

でも翌日の夜に、
「生きてます」とメールが来た。

メールの送り主のところに彼女の名前を見た瞬間、涙がボロボロ出て、全身の力が抜けて、立ってられなかった。

津波からもギリギリ逃げて、家族全員で福島市にある旦那さんの実家に避難しているとのこと。
よかった!と安心したのもつかの間、県庁職員の旦那さんは福島市に一泊だけして、
再び南相馬市に戻ったそうだ。
原発の避難区域の南相馬市に・・・・。

「毎日毎時間、彼のことが心配です。」と書いてあった。

でも、そのすぐ後に、
「でもこんな思いをしてるのは私だけじゃないから」と。

「これ以上、つらい思いはさせないと信じてます」と・・・。

「つらい思いはさせない」とは誰に対してなのかは書いてなかったが、一つ言えることは、彼女のメッセージの中に
原発関係者を非難するような内容は一切無かったことだ。

私が
「毎日毎日、テレビ画面の被災者たちに、「がんばれ、がんばれ」と、祈るようにつぶやいてます。
 何もできない自分がもどかしく、こんなときにふさわしい言葉すら見つからないけど、
 とにかく、祈っています。」
とメッセージを送ると、

「それだけで充分。力になります。」と返事が来た。


ニュースでみたけど、原発は、緊急事態用の設備がすべて、想定外の大きさの津波で流されてしまったそうだ。

いま、命をかけて原発とたたかってる人たちにも、当然ながら家族や大切な人がいる。
軽はずみに原発反対を唱える時ではない。
愚痴や不満を言うときでもない。

被害の全容もまだ見えない今は、何かの結論を出すときでもない。

ただただ、これ以上の被害拡大を、犠牲者を出さないことを祈るばかりだ。

被災者の人たちは、少ない食料を分け合って食べている。
店が流されたラーメン屋さんが、残ってた食材でラーメンを作り、無料で配っていた。

「ただ、あったかいものを食べてもらいたくて」と。

避難しているおばあちゃんは、
「何もしてないのにご飯がもらえるこの状況が贅沢で、避難できていない人たちに申し訳ない。」と言っていた。


東京の人たち、どうか、食料、燃料等、買い占めないで。


原発反対の歌を数多く歌ってた清志郎。でも今生きてたらきっとそんな歌は歌わず、きっとこういうだろう。


「愛しあってるかい?」と。


今こそ、この言葉の本当の意味を。
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by churaphoto | 2011-03-16 20:38

さまになる

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独立間際で、ばたばたしてると言うより、アワアワしてます。

もうなんか、たぶん段取りよくいろいろ準備してたら、今まで独立の準備に使った二日分くらい返してもらえるんじゃないかってくらい、無駄な動きで時間を使ってます。

そんななか、今週末は祖母の法事で成田に帰ります。
祖母の命日は2月1日なんす。
なのにうちの家族は365日アワアワしてるので、段取りが悪く最初は20日になり、
挙げ句今度はお寺の都合で命日から一ヶ月経っての法事です。

一ヶ月もおばあちゃん待たされてねえ・・・。やあねえ。

写真は、去年の夏の新盆のとき。成田山で精進料理を食べました。
なんだか広い部屋に通されて。ふすまも立派な日本画が描かれてました。

光がとてもきれいだったのでうろちょろ撮影。

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この方、何者なのか私はよくわかってませんが、父親が「部長!部長!」と騒いでおりました。(たけしの「ダンカン!」のノリで。)

ふすまの絵のこととか色々説明してくれるんですが、話し方も上手で、父親のめんどくさいからみもうまくかわし、袴姿もとてもなじんでて、なんだか噺家さんのようでした。

背景ともすんなりなじんで、着物も身体にとてもなじんでて、着慣れてるのがわかります。

「さまになる」ってこういうことを言うんだなあと。


それに比べ、今の私のどたばた加減と言ったら。

「ぶざま」ってこういうことをいうんだなあと。


この前カメラマンの友達が、私の手をふと見て、急に失笑し、何かと思ったら、
「その手であのカメラはでかかろう。」と。

そうなんですよ。私、体力も根性も人一倍あるつもりなんですが、おそらく
「さまになってない」んでしょうね。

だいたい編集さんに「何か持ちますよ」とか心配されたり、
初対面の編集さんだとアシスタントと間違われたり。

あと何年。

あと何年写真を撮り続ければ、その姿がさまになるんでしょうか。


ゆっくりゆっくり。撮り続けていこうと思います。
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by churaphoto | 2011-02-25 23:47

何度でも

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19歳の頃、海外で働きたくてカナダに語学留学をした。
カナダで仲良くなった友達が一眼レフを持ってて、貸してもらったりしてるうちに写真に興味が出た。

日本に帰って来て、写真とは関係ない職に就いたけど、やっぱり写真がやりたくて、2年間働いて貯めたお金で夜間の写真学校に行った。

その頃は、商業カメラマンではなく、例えばアラーキーのような、写真家になりたかった。

最初は近くにいる人ばかり撮ってたけど、2年目で選択したゼミの講師に、「遠くに出なさい」と言われて、
旅の面白さを知った。

卒業して、写真作家の道は難しいからと断念、商業カメラマンになるためにレンタルスタジオで勉強した。

人工的に作り出す光が物の表情を変えることがすごく新鮮で面白くて、物撮りのカメラマンになりたいって思った。

それで、物撮りと料理写真が主な仕事の、今の師匠に弟子入りをした。

自然光の入らないスタジオでストロボ撮影の勉強を4年もして、
カメラマンになって2年弱。
色んな取材や経験をして、結局行き着いたのは「旅写真が撮りたい」だった。


たくさんたくさん、遠回りして来たと思う。

それでも、気づけたからいい。
遠回りした分、色んな事を学べた。

いくつになろうと、気づいたなら、そこで変わればいい。




「僕の前に道は無い
 僕の後ろに道は出来る」ー高村光太郎 道程 より




目指すは旅カメラマン。
新規開拓、営業、営業!!
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by churaphoto | 2011-02-23 22:06

仕事と言うもの

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写真学校を卒業する頃、「好きに写真が撮れればいいや」と思い、就職活動をしなかった。

そして生活費のためだけに、日本料理屋で接客のバイトをした。
以前、写真を始める前に別の日本料理屋で働いてたので、経験があると言うことだけで。

真面目に働いてたつもりだった。

でもそこの女将がめちゃくちゃ厳しい人で、私は毎日怒られて、時には言い合いもして、悔し涙がこぼれたこともあった。

そんなある日、また女将に怒られながら言われたコトバ。

「あんたに払ってる給料は、降って湧いてくる訳じゃなくて、ここに来るお客さんが汗水たらして働いて稼いだお金から出てんのよ!!
お客さんが、必死で稼いだお金を快く出せる接客を考えなさい!!
バイトだろうとお金もらってる以上本気で働きなさい!!」


・・・ガツンと来た。



真面目に働いてた。でも「本気」かと言われればそうでは無かった。
じゃあ本気で働こうと思うと、拒否をする自分がいる。
「私が本気を出して働きたいことは、これじゃない。」と。


その時、写真で食べて行こうと決めた。

数日後、女将に言った。
「本気でやりたい仕事はこれじゃないことに気づいたので、辞めさせてください。」


女将は私をしばらく見たあと、にっこり笑ってこう言った。

「そう言ってくると思った。頑張って。本気でやりなさい。」




あの人に会えてなかったら、私は今頃何をしてたんだろう。

ワンマンで、お客様至上主義の女将のことを悪く言う人も多かった。
でも私にとっては、人生を変えてくれた恩人だ。

いつかお礼を言いに行こうと思う。

会ったらまた、怒られるだろうか。
それとも「変われたね」と、笑いかけてくれるだろうか。
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by churaphoto | 2011-02-21 20:44

たま

一昨日これ観てきました。
「たまの映画」


予想外に満員。そして予想以上に面白かった。

たまが流行った頃は私はまだ小さくて、「へんな人たち」って感じだった。
でもなんだかずっとあの曲(さよなら人類)は心のどこかに引っかかってた。

映画館で観てよかった。
知久さんの声と音がすばらしくて、涙が出ました。


「さよなら人類」でメインボーカルだった柳原さんは出てなかったんだけど、それ以外の3人、
みんなとてもいいことを言ってて、それぞれのリアリティのある言葉が
これから独立しようとしてる私の心にサプリメントの様にやわらかく浸透して行きました。

見終わった後、「よし、やってやる!」っていう浮き足立った興奮ではなく、
「一歩一歩、焦らずゆっくり歩いて行こう」っていう、そのためのしっかりした地盤が心に出来た感じ。
安易ですか。こんな映画一個で出来るもんではないですね。
でも心境的にはそんな感じです。

面白かったのは、それぞれ共通のテーマに「死」があるようだと言っていたこと。

そしてみんな好きなことやってるんだけど、
「今が楽しければそれでいい」っていう感じではなく、
遠くにあるのか近くにあるのかわからない「死」というものを見つめながら、
「今」を踏みしめてるのかなと。

意味分かんないですかね。

結局は同じことなのかもしれないけど、
「どうせいつか死ぬんだから楽しく生きればいいじゃん」って感じではなくて、
「いつか死ぬときに笑って死にたいから、やりたいことしかやらない」って言う感じ。

意味分かんないですかね。


とにかくなんか、強い信念を感じました。


「やりたいことだけ。あと何年生きるのかはわからないけど、
 とにかくなるべくやりたいことだけ、やって生きて行く。」


とりあえず知久さんにはまりました。
不安定そうで、でも実はとても根の深い安定した声。人柄そのものです。
下北や吉祥寺とかでライブしてるんですね。チャリで行ける!行こ!

それから知久さんと石川さんもいるパスカルズも最高でした!絶対見に行く!!

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by churaphoto | 2011-01-28 21:42